27年前 阪神淡路大震災 3

阪急烏丸から、登山用の70リットルザックに、依頼品を詰め込み3か月往復しました。食料品、電池、サランラップ、紙皿、割りばし、タオル等々。違和感を絶えず、感じていました。十三、梅田では、普通の生活があり。パチンコ店、居酒屋、百貨店。向こう側、ほこりにまぎれた異常地帯。水がない、食べ物がない、家がない、家族がいない。サイレンの成り終わらない町。涙もでない地獄。一時期、往復する度々、おかしくなりました。総論は気の毒に。各論では、他人事。それが、よくわかりました。人の表情、ふいんきを肌で感じました。冷たいものです。自分以外には、これが素顔の一面かもしれません。