きょうとの繫華街は、千本通だった

1964年東京五輪から、昭和50年ごろまで、千本通が繫華街でした。市電でぶらぶら庶民の繫華街でした。三条商店街から二条駅、そして、今出川通まで、また、新たな繫華街を作ったらどうでしょうか?今の四条河原町は過密すぎ、歩きにくく、ゆっくり買い物を楽しむ状況ではないです。梅田三番街のようなごちゃごちゃ。出世稲荷や北野天満宮の名所もあり、新鮮さがあるのではないでしょうか。西陣の商店街は、庶民的で好きです。レトロの感じの店も多いのは、好奇心を駆り立てます。

 

 

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