早いもので、震災から28年

異常な揺れで目が覚めた思い出があります。直ぐにテレビをつけましたが、何か不気味な空気でした。画面がぼーとしており、何かが起った静けさの画面が不気味でした。当たり前が当たり前でなく、長田区は各所で白い煙が上がっていて、家が人が多く亡くなっていました。母の実家が須磨区で、崩壊していました。あの時の神戸の皆様のひきつった表情は忘れられません。震災の怖さを思い出します。そして、人々の暖かい思いやりを行動を、しぐさを思い出します。水のない人には、皆で水を分け合い。焚火をたいて皆で暖を取っていました。震災で知らない人にもみんなよくしゃべっていました。